分子研研究会 「分子科学における連成シミュレーションの基礎理論と応用」
Coupled Simulation in Molecular Science: Theories and Applications
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研究集会の目的

計算機の能力の拡大とともに、マルチスケール・マルチフィジックス シミュレーションという形の大規模な数値計算が行なわれるようになり、 分子科学分野においても時間・空間に階層構造を持つ 複雑な多自由度の現象を扱う場合の効率的な研究手法として導入され 広く利用されている。 しかし、ここ数年の爆発的な応用範囲の広がりの中で、 収束性や再現の妥当性の検証が不十分なままに実施されている感があり、 本来、さまざまな基礎理論に立脚しているべき分子科学分野への応用事例の多くにも、 基礎をないがしろにした不安定な楼閣の建設に過ぎないものが散見される。 そこで本研究集会の目的は、基本的な現象に立ち戻って、

  • 階層を分離する一般的方法の考察
  • 集団的自由度の抽出
  • 現象論とミクロなダイナミクスの関係
  • 複数の時間・空間スケールに渡る相関や因果関係の検証
を討論することとする。 さまざまな事例を見ながら現実的な問題点にも注意を払いつつ、 基礎的な理論から実際的な計算手法に至るまでを対象として、 総合的に討論する場として、本研究集会を実施する。

対象とする分野、問題点など

  • 分子科学全般とその周辺
    特に周囲の(量子力学、熱力学、統計力学、流体力学などで記述される) 系との相互作用を考慮した研究

理論的な主題・問題意識としては、

  • 連成シミュレーションの基礎と限界に関する数理的理論:
    特に時間空間スケールの階層性と関係する問題
  • 非平衡統計力学から見た連成シミュレーションの可能性:
    統計力学はどの時間空間スケールで有効となるのか?
  • 量子系と古典系、粒子系と連続体力学の結合系の基礎付け:
    異なる論理を持つ系を首尾一貫して扱うための前提は何か?
という点に注目して議論したい。実際に議論の対象とする研究は、 それぞれの研究を構成する理論の組み合わせで分類すると、
  • 量子化学系と分子動力学の連成
  • 単体分子系と凝縮系統計力学(溶液、固体を含む)の連成
  • 化学反応系と外部系(光、電磁場、古典系、熱浴を含む)の連成
という形態に分けられる。 一方、これらの研究には計算機によるシミュレーションが 必須の技術として利用されているが、考えられるプログラムの形態は
  • 常時連成(MPI等による並列計算)
  • 非常時連成(MPI並列計算+必要に応じたRPC呼びだし等)
  • 疎結合連成(ファイル等による独立なプログラムの同期計算)
という形になる。

問題の背景

連成シミュレーションを取り巻く研究の背景は、 非常に多くの要素があって簡単に記述できるものではないが、 関連分野のうちいくつかを列挙することで、 分子科学における連成の周辺を理解する助けとしたい。

1. 計算機の利用手法の発展、特に分散型計算の発展

ここ数年、計算機のCPUの単体での性能の伸びが止まっている。 これは、そろそろ clock 周波数が限界に近付いているのと、 性能を上げるために消費電力の大きいものを作るより、 単体の性能を押えてでも消費電力の少ないCPUを作って、 それを狭い範囲に複数詰め込む方が、 比較的安く総合的な性能の高いCPUを作ることが出来ることによる。 しかし、このために、数値計算において高い性能を求めるためには、 プログラムの並列化が必須の条件となってしまった。 このようなCPUを使ってクラスター計算機を作ると、 CPU内の速い並列通信とネットワーク越しの通信という形で、 計算機の構成に階層が生ずることになる。
一方、これとほぼ同時に、グリッドという分散計算手法が発展してきた。 グリッドによる分散計算では、ネットワーク上に分散した計算機を 利用して大規模に計算を行なうことを目的とするが、 クラスター内の並列計算とは異なり、ネットワークの遅延があるために、 単純な並列化ではなく、ある程度プログラムの階層性を利用した 「連成」的な並列化を行なう必要が生じるのである。
また、2. のプロジェクトとも関連するが、 グリッドは大規模な国家プロジェクトとして構築されている場合が多いため、 なんらかの「華々しい」成果を必要とするという背景もある。 この時には、単なる大規模計算ではなく、 複数の分野を結合したような複雑な「連成」計算が グリッドの有用性をアピールするために必要とされたという背景もあるのでは ないだろうか。

2. プロジェクト型研究の進展

すでにご存知のように、 さまざまな分野で「連成」を意味する言葉をタイトルに持つ大型プロジェクトが 数多く立ち上げられている。 これらのプロジェクトは必ずしも科学的な目的を持ったものに限らないが、 科学研究を目的としたプロジェクトに関しては、 単に「見栄え」がいいという理由で「連成」に類する研究をテーマに選んだわけではなく、 やはり現実的に解決したい問題を探すと、 これまであまり手が付けられて来なかった複雑で大規模な問題に行き着く、 ということだろうと想像する。 分子科学を含めたいずれの分野においても、新たに研究を立ち上げようとする時に、 解きたい問題と実際に解ける問題の乖離はかなりのものになるように思われるが、 ある程度まとまった形の予算と人員を確保できれば、解ける問題の範囲を 「連成」的な複雑な問題へと広げることが出来るということであろう。
しかし、実際にはどの程度までの具体的な科学的成果が期待できるか不明である (一般に研究というものは、成果が予測できないために取り組む価値があるのだが)。 まだ、多くの「連成」プロジェクトは始まったばかりであるので、 拙速に結論を求めてはいけないが、対象とする問題が難し過ぎるために、 下手をすると科学的な成果と言えるものが残らない可能性もあると考える。 ただ単純に「研究を行なった」、「計算が終了した」、ことをもって 研究成果と考える向きには相容れない考え方かも知れないが、 何らかの知見を次世代に残すためには、 これらの計算結果の詳細な検討と解析が必要になるはずである。 「華々しい成果」を眺めるだけでなく、その背後にある物理や化学などの 基本的な理論を使った定式化と解析手法の確立という地道な研究も、 並行して行なっていく必要があると考える。

3. 分子科学と統計物理

「連成」を研究するための基礎理論として、 すでに我々は多くのものを持っているのではないか、 という意識を持っている。 最初から、ある程度単純化したモデルを研究対象とするという 物理学的な方法論とは異なり、 分子科学における研究対象の多くは、かなり現実に近い状態の分子系を扱う。 現実の系を比較的間近に見て研究するというのが分子科学的アプローチの真髄である と考えるが、そのためには、かなり多くの要素を 研究対象に取り込まなくてはならない。 そして、そのための研究手法は長年に渡って開発されてきた。
最近では QM/MM などの量子力学と 古典力学を組み合わせる方法は、非常に多くの研究対象に適用されるように なっているが、量子と古典の結合という意味では、 古く非断熱遷移の研究にまで遡ることが出来る。 もちろん、最初の頃の Landau などの仕事を「連成」と呼べるかというと いささか無理があるが、断熱近似という形の、 全体自由度を階層に分けるという考え方は、 これからの「連成」のための重要な鍵ではないかと思われる。 また、溶液系の研究などでは、溶媒-溶質系を扱うために多くの理論が開発され、 量子力学的自由度と溶媒の統計力学との結合系を大規模に計算することも 行なわれるようになってきている。 さらにタンパク質の大規模な計算においては、 溶媒自由度の影響を考慮することに加えて、 粗視化ダイナミクスなどの手法が開発されていたりもする。 第一原理的な考え方は精密な研究のためにも重要であるが、 階層化による「連成」によって、精密計算をより大規模な系に適用するという 試みも重要な考え方の一つである。
このように、従来の量子化学や化学反応の研究に統計力学的な自由度などを 「連成」という形で取り込んで計算する試み、 より大規模な計算を目指した階層化と「連成」手法の開発は、 すでに多くの先人達が行なっている状態である。 これらを、「連成」の理論研究に利用しない手はない、というのが、 当研究集会を開くこととなった動機の一つでもある。

以上の各分野に限らず、さまざまな方面で「連成」的な考え方は、 採り入れられているように思われる。 広い分野の人達との議論を通して、 これらの背景知識を深めるようにもしたいと考える。


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